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横浜地方裁判所 昭和63年(行ウ)34号 判決

原告

原昭正

泉孝造

鈴木利男

黒宮雪彦

右四名訴訟代理人弁護士

根本孔衛

佐伯剛

輿石英雄

稲生義隆

飯田伸一

滝本太郎

小野毅

鈴木義仁

影山秀人

被告

大和市監査委員高下幸男

大和市監査委員大木敏治

大和市

右代表者市長

井上孝俊

右三名訴訟代理人弁護士

堀家嘉郎

右訴訟復代理人弁護士

石津廣司

松崎勝

主文

一  原告らの監査請求不受理の違法確認の訴えをいずれも却下する。

二  原告らの被告大和市に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告大和市監査委員が、原告らの昭和六三年一〇月一三日付け監査請求に対し、「不受理」としてこれを受理しないことは違法であることを確認する。

2  被告大和市は、各原告に対し、それぞれ金一二二万円及び内金九五万円に対する昭和六三年一二月二四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは大和市の住民である。

2  原告らは、昭和六三年一〇月一三日付けで、被告大和市監査委員(以下「被告監査委員」という。)に対し、以下のとおりの措置を求める監査請求(以下「本件監査請求」といい、本件監査請求の請求書(〈証拠〉)を「本件措置請求書」という。)を行った。

(一) 市長が、国に対し、別紙物件目録記載の各土地につき、横浜地方法務局大和出張所昭和六二年一〇月一五日受付第六一一六七号をもって総理府のためにした真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を求めること。

(二) 市長が、国に対し、前記土地の明渡請求をし、かつ、土地の現状を変更しないための適切な措置を講ずること。

(三) 市長が、国に対し、前記土地の明渡完了まで、毎月金七九万二八九六円の割合による金員を請求すること。

3  原告らは、昭和六三年一〇月一五日頃、被告監査委員及び監査事務局の要請により、監査請求を補充する文書として、損害額の算定に関するメモ及び事実を証する書面六通を追加提出し、原告鈴木利男は、同月一九日、被告監査委員に対し、意見書を提出した。

その頃、原告鈴木利男は、被告監査委員から、同月二六日午前に証拠の提出及び陳述の機会(地方自治法二四二条五項)を与えることが内定した旨聞いた。

4  しかるに、被告監査委員は、原告らに対し、同月二一日付けで、本件措置請求書について要件審査をしたところ、①その請求書記載の所有権移転登記は、総理府が嘱託登記の手続によって行ったものであり、地方自治法二四二条一項に規定する当該普通地方公共団体の職員が行った行為に該当せず、②右所有権移転登記の手続に必要な承諾書の交付を同条項の財産の処分と判断したとしても、同条二項所定の請求期間を経過しているので受理できない旨記載された「住民監査請求について(通知)」と題する書面(以下「本件通知書」という。)を送付し、本件措置請求書不受理の通知(以下「本件通知」という。)をするとともに、本件措置請求書を返戻した(以下、本件通知書記載の、請求書を受理できないとする被告監査委員の行為を「本件不受理」という。)。

5  原告らは、昭和六三年一一月一日、被告監査委員に対し、本件不受理なる「処分」が無効であること等を通知し、監査の着手を要請したが、被告監査委員は、原告泉孝造に対し、同月五日付けで本件通知書のとおりである旨の回答をしたにとどまり、監査請求を受理しない。

6  本件不受理は、以下の理由により違法な不作為である。

(一) そもそも住民監査請求に対して、不受理という扱いはなく、地方自治法もこれを予定していない。すなわち、住民訴訟においては、監査前置主義が採られているが、不受理という扱いを認めると、監査が前置しないことになり、住民訴訟を提起することができなくなる。また、出訴期間に関し、地方自治法二四二条の二第二項一号と三号のいずれの規定が適用されるのか不明確になる。

(二) 本件監査請求は、大和市長に対し、所有権移転登記の抹消登記手続、明渡請求、現状変更阻止及び毎月の損害賠償の請求等の各措置を国に対して採るように請求するものであるところ、これには、右各怠る事実による被告大和市の損害補填の措置請求も当然含まれるものであるから、怠る事実にかかる請求として、一年間の期間制限にはかからない。

さらに、本件措置請求書記載の所有権移転登記に必要な市長の承諾は、昭和六二年七月二三日付けでなされているが、住民及び市議会には報告されておらず、同年一〇月一五日付け登記の実行によって初めて知りうる状態になったものであり、登記が遅れれば遅れるほど監査請求が困難になる事案であるから、本件において、期間経過を理由に監査請求を不受理とすると、監査請求の制度趣旨を没却することになる。

(三) 本件不受理の理由として本件通知書に記載されたところをみると、いずれも監査の内容にわたる判断がなされており、このような場合に不受理という扱いはありえないはずである。

(四) 原告らは、被告監査委員及び監査委員会事務局の要請に応じて、損害額に関するメモ及び事実を証する追加書面を、また、原告鈴木利男は、被告監査委員に対して、意見書をそれぞれ提出し、監査請求が受理されることを当然のことと考えていたのに、本件通知を受けた。この間、原告らに証拠の提出や陳述の機会は与えられておらず、また、監査結果についての公表(地方自治法二四二条三項前段)も行われていない。通常、明らかに一年を経過した事案であっても、受理したうえで審査し、正当な理由の有無についての判断を監査の結果として示し、住民訴訟への途を開いているのに、本件不受理は、地方公共団体の執行機関、職員等による違法又は不当な行為を予防、是正させるという監査請求制度の趣旨を没却するものである。

7  損害

市民が行政に対して、法令に基づき適正手続による行政を求めることは、当然の権利である。法令に基づいて市民が一定の申請をし、行政庁が一定の対応をしなければならない場合、これが行われなければ、それによって市民の有する一定の権利ないし行政サービスを受ける地位が損なわれるから、手続的に違法がある限り、一定の利益侵害があることは明らかである。

原告らは、監査委員の真剣な監査を期待して本件監査請求を行った。本件措置請求書を作成し、事実を証する書面を用意し、メモ及び事実を証する書面を追加し、意見書も提出した。提出した書面及び書式はすべて適式であり、請求内容も具体的かつ明確である。

しかるに、証拠提出及び意見陳述の機会が与えられず、監査結果の通知も受けず、その公表もされなかった。被告監査委員は、原告らの監査着手の要請(前記5、〈証拠〉)に対しても、不受理だと答えるのみであった。原告らが再び監査請求をすることになれば、請求期間(地方自治法二四二条二項)の遵守に関する主張がより困難になる。

原告らが被告監査委員のかかる行為により受けた精神的損害は、各自金九五万円を下らない。

原告らは、本件訴訟を提起するにあたって、原告ら訴訟代理人との間で、着手金各自金一三万五〇〇〇円及び同額の報酬の支払を約した。

8  よって、原告らは、被告監査委員両名の本件不受理について、行政事件訴訟法三条五項に基づき不作為の違法確認を請求するとともに、被告大和市に対し、国家賠償法一条一項に基づき各原告にそれぞれ金一二二万円及び内金九五万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年一二月二四日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの本案前の主張

1  不作為の違法確認の訴えについて

(一) 原告らの訴えの許容性について

原告らの訴えは、地方自治法二四二条の二第一項一号ないし四号のいずれにも該当せず、他にこれを許す規定もないから、住民訴訟その他の民衆訴訟としては許されない(行政事件訴訟法四二条)。すなわち、住民訴訟には行政事件訴訟法四三条の規定が適用されるが(地方自治法二四二条の二第六項)、民衆訴訟で、処分は裁決の取消又は無効の確認を求めるもの以外のものに関する同条三項は、不作為の違法確認の訴えに関する同法三七条を準用していない。

また、原告らの訴えを抗告訴訟とみるとしても、公法上の不作為違法確認を求める訴訟は、現行法上一般的には許容されていない。住民監査請求が違法に受理されず、又は却下されたときは、直ちに地方自治法二四二条の二の規定により、住民訴訟を提起しうるのであり、行政事件訴訟法三七条は適用されない。

(二) 原告らの法律上の利益について

行政事件訴訟法にいう抗告訴訟は、個人としての権利を侵害され又は違法に義務を課された場合に、当該処分の取消し又は無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、これを提起することができるところ、同法三条五項所定の不作為の違法確認の訴えは、かかる抗告訴訟の一態様たる主観訴訟である。しかるに、住民監査請求の制度は、地方公共団体の執行機関等の違法もしくは不当な財務会計上の行為又は不作為により、地方公共団体が損害を被り又は被るおそれがある場合に、当該損害を予防又は是正するために、当該地方公共団体の住民に対し、自己の法律上の利益にかかわらない事項につき、監査その他一定の必要な措置を講ずべきことを請求することを認めたものである。したがって、住民監査請求が受理されなかったからといって、それにより住民の個人的な権利義務ないし法的地位が影響を被ることはありえないのであって、原告らは、不作為の違法確認請求について法律上の利益を有しない。

(三) 不作為の不存在について

本件において、被告監査委員は、本件措置請求書を受理したうえ、その内容を審査して本件通知をしたのであり、この行為は、「監査を行ない、請求に理由がないと認めるときは、理由を付してその旨を書面により同項の規定による請求人に通知する」(地方自治法二四二条三項)ことに該当する。本件通知書記載の理由は、監査を行わなければ列挙することができないものであり、また、原告らが補充文書等を提出した事実とあわせて考えれば、監査が行われたというべきである。すなわち、被告監査委員は、原告らの監査請求を受理して監査をしたが、要件審査の段階で請求に理由がないと認めたので、監査請求を却下したものであって、不作為はない。

仮に原告ら主張のとおり、本件措置請求書が受理されなかったと解しても、受理しない措置をとったこと自体が申請に対する応答であり、これによって不作為状態は存在しないことになる。

(四) 監査委員の措置の処分性について

住民監査請求に対する監査委員の措置は、請求人たる住民の個人的な権利義務に影響を与えるものではない。また、地方自治法二四二条三項は、監査結果を請求人に通知すべき旨規定しているが、これは、当該住民に監査結果を了知させ、住民訴訟を提起するかどうかを判断させるためであり、この規定によって、請求人に対し、監査委員の監査を受けるという手続上の地位を個人的権利として保障するものと解することはできない。

したがって、監査委員が住民監査請求を違法に却下し、あるいは理由がないとする旨の監査結果を通知しても、請求人個人の権利義務に直接関係がないから、これらをもって抗告訴訟の対象となる行政処分ということはできない。

ところで、不作為の違法確認の訴えは、法令に基づく申請に対し、行政庁がなんらかの処分又は裁決をすべきにかかわらず、これをしないことの違法確認を求める訴えであるから、当該申請は処分又は裁決を求めるものであることを要するところ、監査委員が行う措置に行政処分性が認められない以上、本件不受理は、不作為の違法確認の訴えの対象にならない。

2  被告大和市に対する訴えについて

(一) 住民監査請求の制度は、地方公共団体の執行機関等の違法もしくは不当な財務会計上の行為又は不作為を予防又は是正するために、当該地方公共団体の住民がその資格において、自己の法律上の利益にかかわらない事項につき、監査その他一定の必要な措置を講ずべきことを請求することを認めたものである。言い換えれば、住民監査請求の請求人たる住民に対し、適法に行った住民監査請求につき監査委員の監査を受けるという手続上の利益を、その住民の個人的な権利ないし法律上の利益として保障しているものではない。したがって、本件不受理によって、監査請求人たる住民の個人的な権利ないし法的利益が害されることはありえず、原告らが精神的損害を被ることもない。

(二) また、住民訴訟を提起した者が勝訴した場合において弁護士に報酬を支払うべきときは、地方公共団体に対し、その報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができるが(地方自治法二四二条の二第七項)、勝訴とは勝訴判決の確定を意味するから、勝訴判決確定前になされた弁護士の報酬支払請求は却下されるべきである。

三  被告監査委員の本案前の主張に対する認否反論

1  不作為の違法確認の訴えの許容性について

被告監査委員は、地方自治法二四二条一項に基づく監査請求に対し、本件措置請求書を即時に受付(受理)すべきであるにもかかわらず、これをしなかったものであって、原告らの訴えは、行政事件訴訟法三条五項の定める要件を満たしている。

すなわち、法令に基づく申請につき、その受付段階でその受理・不受理を決定できるとする行政法上の規定はないから、かかる申請があった場合、行政庁は即時にこれを受付(受理)すべき義務を負うものというべく、このことは監査請求手続についても妥当する。そして、同項にいう「処分又は裁決」とは、行政庁に応答義務があるものをいい、本件不受理は拒否処分と同じ結果になっているから、処分性も認められる。しかるに、被告監査委員が本件措置請求書を受付(受理)しなかったことは、後記3のとおり明らかである。

2  原告らの法律上の利益について

住民監査請求人は住民監査請求権を有し、その侵害により法律上の不利益を受けるものということができる。

すなわち、住民監査請求権は、地方自治法によって住民に与えられ、憲法上保障された地方自治制度(住民自治の原則)及び参政権に裏打ちされた重要な権利であり、直接民主主義を認めた数少ない権利のうちのひとつである。そして、監査委員による監査は、監査の対象、事実調査手続、費用、監査結果の公表、処理期間などの点で、住民訴訟とは異なった独自の保障が与えられており、住民監査請求人には、地方自治法上定められた適法な応答を受けるべき地位が認められている。

ところが、被告監査委員は、原告らの本件措置請求書を受付(受理)せず、これを原告らに返戻することにより、原告らの適法な応答を受けるべき地位、すなわち本件措置請求書を受付(受理)されるべき利益を侵害した。これによって、原告らが法律上の不利益を受けたことは明白である。

3  本件措置請求書を受付(受理)したうえ監査請求を却下したとする被告らの主張について

(一) 行政上の申請については、①申請人の申請、②行政庁の受付、③行政庁の審査、④行政庁による審査結果の決定、⑤申請人等に対する審査結果の通知という手順を踏むのが一般的である、②の段階で要件の存否を判断し、申請を受け付けることを「受理」、受け付けないことを「不受理」という。

本件の場合、①本件通知書には「措置請求書について要件審査をした」と記載されており、審査請求自体ではなく、請求書について受付(受理)の可否を審査していること、②本件措置請求書原本自体が返戻されていること、③証拠の提出及び陳述の機会が与えられなかったこと、④監査の結果が公表されなかったこと、⑤本件措置請求書には受付印、公文書公開・非公開処理欄印(大和市監査事務局規程一〇条、大和市文書取扱規程一一条、〈証拠〉)、決済欄及び決済印がなく、受付を終えた申請文書につけられる申請番号(事件番号)や文書番号もつけられていないことから、本件措置請求書の受付(受理)がなされていないことは明らかである。本件不受理は受付拒否処分であり、行政指導の範囲を越えた違法な処理であって、却下とは異なる。

(二) 本件通知書記載の却下理由は、①登記は総理府が嘱託登記の手続によって行ったものであり、地方公共団体の職員の行為ではない、②請求期間を経過している、との二点であるが、このような理由は誤りであり、被告らがこのように明白な誤謬を敢えて行ったことは、要件審査自体をしていないこと、換言すれば、本件措置請求書の受付(受理)自体をしていないことを示すものである。

すなわち、原告らの監査請求は、大和市長が登記に必要な承諾書を交付した行為自体の違法性を問題としているのではなく、大和市が真の土地所有者であるにもかかわらず何ら適正な管理をせずに放置していること(怠る事実)を問題にしているのであるから、登記手続が職員の行為ではないという理由は全く見当違いである。

また、怠る事実を監査請求の対象としている以上、請求期間徒過の問題も生じない。期間制限があるとしても、その起算点は、大和市の管理懈怠が登記簿上も明白になった昭和六二年一〇月一五日とすべきであり、昭和六三年一〇月一三日になされた本件監査請求が期間内であることは明らかである。仮に形式的には期間を経過した請求であったとしても、正当な理由(地方自治法二四二条二項ただし書)の有無を審査すべきであり、被告監査委員はこの点を全く審査していない。

4  監査委員の措置の処分性について

(一) 住民監査請求に対する監査委員の措置には処分性が認められる。

すなわち、監査請求は監査委員をして違法不当な財務処理等を公平かつ適正に監査させ、その結果を住民に公表することにより、行政事務についての情報を住民に周知させ、住民の知る権利に応えながら、行政事務の民主的コントロールを行うことを可能にし、ひいては、住民の財産権の保護あるいは適正な行政サービスを受ける権利を保障するものである。これらの効果は、監査委員の勧告、公表等によってもたらされ、このことが行政サービスの向上や地方税率の低下促進など住民の権利を向上させることにつながる。その意味で、監査請求に対する措置は、住民に対して法的効果を伴い、処分性が認められるというべきである。

(二) のみならず、本件においては、原告らは、本件監査請求に対し、被告監査委員が地方自治法二四二条三項に規定する監査をせず、法律上の定めがない申請書の不受理ないし受付拒否をしたことを問題としているのである。そして、これに処分性があることは明白である。

まず、受付という行政手続の最初の段階でその取り扱いを拒否されれば、全く当該行政手続を利用することはできなくなる。原告らは、本件監査請求において、意見陳述等の手続上の権利を行使できず、監査請求手続上の権利自体を全部否定されたものといえるから、受付段階での拒否行為には処分性が認められるべきである。

また、措置請求書の受付(受理)がなされなかった場合には、監査を前置したと認められずに、住民訴訟による審理判断を受けられないということになりかねず、さらに、監査請求が不当事案にかかるときには、住民訴訟は許されないので、全く審査の機会がなくなってしまうから、監査請求の受付という窓口の問題に関して、抗告訴訟による救済の途が開かれていなければならない。

本件においては、監査請求に対して受付が行われず、さらに受理しないという実態がある以上、原告らにとっては拒否処分と同じ結果になっており、処分性があることは明らかである。

四  被告監査委員の再反論

本件不受理(ないし受付拒否)に処分性があるとすれば、被告監査委員は本件監査請求に対し既に処分をしていることになり、原告らの不作為の違法確認の訴えは、当然に不適法となる。そして、原告らは、本件不受理(ないし受付拒否)を対象として取消訴訟を提起すべきものである。

五  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5の事実中、監査請求を受理しないことは否認し、その余は認める。

3  同6について

(一) 同(二)の事実中、本件監査請求が、大和市長に対し、所有権移転登記の抹消登記手続、明渡請求、現状変更阻止及び毎月の損害賠償の請求等の各措置を国に対して採るよう請求するものであることは認める。

(二) 同(四)の事実中、原告らが追加書面及び意見書を提出したこと、本件通知を受けたこと、陳述の機会を与えられなかったこと並びに監査請求の結果が公表されなかったことは認める。

陳述の機会を与えなかったのは、その必要がないと判断したためであり、監査結果を公表しなかったのは、大和市監査委員職務執行規程八条一項に「公表を要するものはこれを公表する。」と定められているため、却下した請求及び監査結果は、公表の必要がないと判断したことによる。その後、被告監査委員は、本件監査結果を公表して追完手続をとった。

(三) その余の主張は争う。

国家賠償法上の違法があるというためには、少なくとも原告らに不法行為法上保護に値する利益の侵害がなければならず、行政庁に公法上の法令違反ないし義務違反があっても、それが住民個人の利益を擁護するための法令ないし義務に違反するものでなければ、国家賠償法上の法律が生じる余地はない。

しかるに、住民監査請求は、既に主張したとおり、地方公共団体の執行機関又は職員の違法・不当な財務会計上の行為を予防・是正し、もって地方財務行政の適法な運営を確保し、ひいては地方公共団体の構成員である住民全体の利益を保障するものであって、住民の個人的利益のためのものではない。地方自治法も、住民監査請求につき監査委員の監査を受けるという手続上の権利・利益を、その住民の個人的な権利・利益として保障しているものではない。

4  同7の事実中、原告らが監査委員の真剣な監査を期待して監査請求をしたこと、本件措置請求書、事実を証する書面、メモ及び意見書等を作成・提出したことは認めるが、原告らと原告ら代理人との間の報酬等の支払約束については知らない。その余の主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一まず、原告らの監査請求不受理の違法確認の訴えについて検討する。

1  住民監査請求の制度は、普通地方公共団体の財政の腐敗を防止し、住民全体の利益を確保する見地から、住民に対し、当該普通地方公共団体の執行機関及び職員の違法若しくは不当な財務会計上の行為又は怠る事実について、その監査と予防、是正等の措置を監査委員に請求する権能を与えるものである。そして、それは、住民訴訟の前置手続として、まず当該普通地方公共団体の監査委員に、住民の請求にかかる財務会計上の行為又は怠る事実について監査する機会を与え、その違法・不当を当該普通地方公共団体の自治的・内部的処理によって、簡易迅速に予防、是正させることを目的とする。

このような制度目的からみて、住民の監査請求は、監査委員の職権の発動を促す契機となるものであり、住民は、自己の法律上の利益に直接かかわりのない事項について、自己の個人的利益や地方公共団体そのものの利益のためにではなく、専ら請求人を含む住民全体の利益のために、いわば公益の代表者としての住民の立場において右請求をすることが認められているにすぎず、また、監査委員の監査の結果又は勧告(地方自治法二四二条三項、以下単に「監査結果等」ということがある。)の有無内容は、当該住民の個人的な権利又は法的利益に影響を与えるものではない。

したがって、請求人が監査委員の監査を受けるという手続上の地位を個人的権利として保障されているということはできず、また、監査委員の監査結果等が行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するともいえないから、監査請求に対する監査委員の措置(監査結果等に至るまでの応答を含む。)について、行政事件訴訟法による抗告訴訟を提起することはできない。さればこそ、住民が監査委員の監査の結果又は勧告に不服があるときや監査委員が監査又は勧告を行わないとき等地方自治法二四二条の二第一項所定の場合には、住民訴訟の途が開かれているのである。

2  次に、地方自治法二四二条及び二四二条の二の規定するところによれば、住民監査請求の手続の概要は、次のように理解される。

すなわち、住民から監査請求書が提出されると、監査委員はこれを受け付ける。ここに監査請求書の受付とは、監査請求書を事実上受領することを意味し、当該書面が同法二四二条所定の監査を請求するものと見うる(実質的記載要件が記載されているか、一部記載されていなくとも補正が可能である)限り、これを受け付けなければならず、その受付を拒否することは許されない(仮に監査請求書の受領を拒否し又は返戻しても、監査請求がなされたこと自体を否定することはできないから、住民訴訟が可能である―二四二条の二第一項、二項三号。)。監査請求書が受け付けられると、監査委員は、当該監査請求が適法要件を具備するか否かの要件審査をし、適法要件を欠くと判断したときは、当該監査請求を却下ないし不受理にする(これを却下というか不受理というかは、単なる言葉の問題に過ぎず、不受理という用語を使ったからといって、監査請求書自体を返戻すべきものではない。)。監査請求が不適法として却下ないし不受理になれば、同法二四二条三項の監査は行われない。したがって、この場合には、請求人に対して同条五項所定の証拠の提出及び陳述の機会を与える必要もなく、また、監査結果等の公表ということもありえない(適法な監査請求を誤って却下ないし不受理にしたときは、監査を経ていなくとも、住民訴訟が可能である。―二四二条の二第一項、二項三号。)。監査請求を適法と判断したときは、請求人に証拠の提出及び陳述の機会を与えて、監査を実施する。監査の結果、措置請求に理由がないと認めるとき、及び理由があると認めるときには、それぞれ同法二四二条三項所定の措置を採る。

これを本件について見れば、請求原因1ないし4の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によれば、大和市監査事務局は、本件措置請求書を受領し、受付をしたが(証人平井は、ここまでの手続を「収受」と呼んでいる。)、被告監査委員は、本件監査請求が適法要件を欠くため受理できないと判断し、そのために原告らに対し意見陳述等の機会を付与することも、不受理の事実を公表することも不要と考えたことが認められる。そして、これらの事実によれば、被告監査委員は、本件措置請求書を受け付けたうえで、本件監査請求が適法か否かの要件審査をし、これを不適法として却下する趣旨で不受理にしたものということができる。もっとも、被告監査委員は、本件通知をすると同時に、本件措置請求書原本を原告鈴木利男に返戻するなど、その取扱いに紛らわしい点のあったことは否定できず、そのために、原告らにおいて、本件措置請求書の受付を拒否されたものと誤解するに至ったとも考えられないではないが、かかる事情も、未だ右認定を左右するに足りない。

3 不作為の違法確認の訴えは、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当期間内になんらかの処分又は裁決をなすべき応答義務を負っているにもかかわらず、右応答義務に違反している状態の違法を確認し、行政庁に対してなんらかの処分又は裁決を行うよう拘束を課すことにより、右処分又は裁決に対する取消訴訟を可能ならしめる機能を有し、処分又は裁決取消の訴えを補完するものであって、抗告訴訟の系列に属する。したがって、法令に基づく申請に対して行政庁がなすべき行為は、処分その他公権力の行使にあたるものであることが当然に予定されている。

原告らは、本件不受理を違法であるとして、不作為の違法確認の訴えを提起するものであるが、住民の監査請求が処分その他公権力の行使にあたる行為を求めるものでないことは、既にみたとおりであるから、監査請求に対し何らの措置も採られないからといって、これをもって抗告訴訟の一類型である不作為の違法確認の訴えの対象とすることはできない。そして、この場合には、当該監査請求が適法なものである限り、直ちに住民訴訟を提起することができることとされているのである。

4  仮に右のような処分性の問題をひとまず措くとしても、被告監査委員は、既に認定したとおり、本件措置請求書を受け付けたうえ、本件監査請求を不適法として却下する趣旨で不受理にしているのであるから、原告らの請求に対しては既に応答済みであって、不作為の状態はなく、原告らの訴えは、違法確認の対象を欠くものというべきである。

5  かくして、被告監査委員がした本件不受理につき、行政事件訴訟法に基づいて提起された不作為の違法確認の訴えは、いずれの点においても不適法というほかはない。

二次に、原告らの被告大和市に対する国家賠償請求について検討する。

1  右請求は、不作為の違法確認の訴えの関連請求として併合提起されたものであり、不作為の違法確認の訴えは、既にみたように不適法であるが、このこと自体が右請求にかかる訴えを不適法ならしめるものということはできず、また、被告大和市の本案前の主張も、実質は請求に理由がないことをいうにすぎないから、以下その実体について検討する。

2  原告らは、適法な監査請求をしたのに、被告監査委員がこれに何らの応答もせず、又は違法にこれを不受理として、本来なすべき監査及び必要な措置を講じなかったことにより、原告らが監査請求人として監査及び必要な措置を求める地位を侵害され、その結果精神的及び財産的損害を受けたと主張して、その賠償を請求する。

たしかに、地方自治法上は、適法な監査請求がなされれば、監査委員は、監査及び必要な措置を講ずべき職責を負っているから、これに反して監査及び必要な措置を講じなければ、違法の評価を免れない。しかし、このことが直ちに、不法行為法上、監査請求人の権利ないし法的利益を違法に侵害したことにはならない。監査委員が本来なすべき監査及び必要な措置を講じないことにつき、監査請求人が損害賠償請求権を取得するためには、監査請求人として監査及び必要な措置を求めうる地位が、不法行為法上保護の対象になりうるものでなければならず、さらには、監査委員が請求人に対して、行政手続上のみならず不法行為の関係においても、監査及び必要な措置を講ずべき作為義務を負っている、といえる場合でなければならない。しかるに、これまで検討してきた住民監査請求の制度目的、就中、住民に監査請求をする権能を付与した趣旨や、適法な監査請求が誤って却下ないし不受理とされたときは、客観訴訟たる住民訴訟の道が開かれていること等に徴すれば、監査請求人として監査及び必要な措置を求めうる地位は、不法行為法上の保護の対象にはなりえず、また、不法行為の関係において監査委員が請求人に監査及び必要な措置を講ずべき作為義務を負っているものということもできない。

すなわち、住民の監査請求は、監査委員の職権の発動を促す契機となるものであり、住民は、自己の法律上の利益に直接かかわりのない事項について、専ら請求人を含む住民全体の利益のために、いわば公益の代表者としての住民の立場において右請求をすることが認められているにすぎず、また、監査結果等の有無内容は、当該住民の個人的な権利又は法的利益に影響を与えるものではないから、請求人が監査委員の監査を受けるという手続上の地位を個人的権利として保障されているということはできない。そして、住民が監査結果等に不服があるときや監査委員が監査又は勧告を行わないとき等においては、監査請求が違法な行為又は怠る事実にかかる場合には、住民訴訟の途が開かれているから、請求人は住民訴訟の場において監査結果等に対する不服の主張をすることが可能であり、その結果、監査結果等に誤りがあればそれが是正されることになって、請求人の目的は達せられ(本件においても、被告監査委員は、本件措置請求書を受け付けたうえで、本件監査請求を不適法として却下する趣旨で不受理にしたものであるが、原告らが被告監査委員の却下(不受理)を違法と考えるのであれば、地方自治法二四二条の二第二項三号に該当するものとして住民訴訟を提起し、被告監査委員の右措置が違法であることを主張して、裁判所に対して同条一項所定の請求をすることが可能であった。)監査請求が不当な行為又は怠る事実にかかる場合には、監査結果等に不服があっても住民訴訟を提起する余地はないが、かかる事案においては、そもそも当該行為が法令上違法か否かの問題はなく、行政上の当不当が問題とされるにすぎないから、監査請求人として監査及び必要な措置を求めうる地位が不法行為法上の保護の対象にならないことは、一層明らかというべきである。そうすると、原告らの国家賠償請求は、進んでその余の点につき判断するまでもなく、失当というほかはない。

三よって、原告らの監査請求不受理の違法確認の訴えは、不適法であるからいずれも却下し、被告大和市に対する損害賠償の請求は、理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐久間重吉 裁判官辻次郎 裁判官伊藤敏孝)

別紙〈省略〉

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